(くもり)The EP

Δじゃ。随分とご無沙汰じゃな。

年末らしく大掃除をしておったら、懐かしい本がでてきおった。
佐神原左京が2010年の冬コミに発表した『The EP』じゃ。

奥付によれば「2030年 第175版 発行」とあるから
おそらく20年前に買ったものじゃろう。巻末にのっていた
解説がなかなかおもしろかったのでちょっと引用して
みようかのう。


The EP / FRANKENSTEINER


「偉人には三種ある。生まれたときから偉大な人、努力して偉大に
なった人、偉大な人間になることを強いられた人だ」。

シェークスピアの言葉である。現代日本に生きる最高の偉人、
佐神原左京はこのうちのどれに当てはまるのだろうか。

私は、時代が左京に強いたのだと思う。日本が一人の若者に託した
のだと思う。この閉塞的な社会の中で、一筋の光となることを。
時代の寵児たらんことを。

21世紀の日本は、20世紀ほど多くの偉人を生むことはないだろう。
科学者や政治家もそうだが、こと芸術家に関しては。

2010年当時、日本全土に長引く不況からか未来に薄暗いイメージが
覆っており、本来想像力をもつはずの若者さえもあくせくと働くか、
あるいは働くための努力(就労準備)をするかで手いっぱいの状況だった。

若者の想像力が貧しくなると、必然的に文化も衰退する。似通った作品、
大同小異のメッセージのみがパッケージ化されて店頭に並び、その
つまらなさに絶望した優秀な者から順にそれを見捨てていった。

そんな文化の終焉を感じさせる21世紀初頭、まさにどん底から
強い意志をもつ一人の若者が同人誌を描き始めた。佐神原左京である。
言わずと知れた00年代の最高傑作、『LEVITATION』で見せた大胆な
アングル(空白の見せ方)は同人界にセンセーションを巻き起こした。

とはいえ、その時点ではまだ同人という狭い共同体の中での熱狂に
すぎなかった。当時、同人に関心のない中高年は、まだ左京という
天才の出現に気づいてはいなかったのだ。

多くの識者が指摘するように、本作『The EP』の発表とともに
この状況は一変する。

『The EP』、10年代に入った最初の年の冬に描き残された、歴史的傑作。
大人から子どもまで、南アフリカからアイスランドまで、どの世代、
どの環境で育った人間が読んでも楽しめるこの掌編により、彼の名は
伝説となった。

時の教皇ベネディクト16世は、この同人誌に対し、「バイブルの次に
重要な書物である」という彼なりの最大限の賛辞をおくった。
ところが、この発言がおもわぬ波紋を呼ぶことになった。

これを受けた世界中の左京ファンは、「『The EP』は聖書とは
比べ物にならないくらい素晴らしいものだ」として反発し、
100万人規模のデモ行進を行った。この騒動は「第一次左京デモ」
として現行の歴史教科書にも紹介されている事実である。

この本を手にとったあなたが、それらの歴史をどこまで深く
知っているかはしらない。ただ、本作は現代に生きるすべての
人間が触れておくべきマスターピースであることだけは確かだ。

21世紀。左京の時代に生きるあなたにとって、この作品は
特別な意味をもつことになる。同時代に生まれた数少ない偉人が
放った歴史的傑作を、どのように受け止めるかはあなたの自由だ。

願わくば、あなたが左京の時代を終わらせる新たな偉人と
ならんことを。

そういえば、こんな時代もあったのう。