「ナイスパース!!」  真上に思い切りジャンプして飛んできたバスケットボールを受け取る。  着地すると同時に、小学校の校庭に舞い上がる砂煙。  間髪を容れず、ドリブルしながら全力疾走。  不意の速攻で相手のチームの守備は手薄になっていた。  ボクはゴールのリングを目指して突き進む。  ――と、急に目の前に立ち塞がるデブっちい影。 「ちょっと太郎(たろう)! 戻ってくるの速すぎ!!」  太郎と呼ばれた目の前のデブは、見かけに反した素早い動きで、ボクがドリブルしているボールを奪おうと腕を伸ばしてくる。  ボクはボールを庇うように体を回転させ、なんとか太郎の攻撃をやり過ごす。  太郎の体をかわしたことを確認し、再びゴールへ向かって走り出す。  相手のチームは太郎以外に自陣に戻ってきてる子がいないらしく、ボクは楽々とレイアップシュートを決める。  ゴールを決めた瞬間って、やっぱ気持ちいい。 「おーい! 涼太(りょうた)ー!!」  ボクが優越感に浸ってる瞬間。  太郎はいつの間にかボールを拾って、ボクの陣地の近くにいる涼太へロングパスを出していた。 (まずいっ、ゴール決められちゃう!?)  でも敵の陣地にいるボクはそのロングパスに対応できるはずもない。  ボクができるのは、パスの行方を見守るだけ。  綺麗な弧を描いたボールは、ボクが物心付いた頃から知っている涼太って子へと勢いよく近付いていき。  ――そのまま、顔面を直撃した。 「りょっ、涼太っ!?」  辺りに響き渡る鈍い音。  ボールを受け損なった涼太はそのまま後ろ向きに倒れる。  周囲の子達は涼太の惨状に唖然としながらも、すぐに意識は転がったボールへと向けられる。  涼太を放っておいて継続される試合。 「あーもー、何やってんの!!」  慌てて涼太の下へと駆け寄る。  ボクが彼の足元に着いたのと同時に、相手のチームがうちのゴールネットを揺らした。 「涼太、大丈夫!?」 「……痛い」  覗き込んだ涼太の顔には赤いものが伝っていた。 「わ、鼻血出ちゃってるじゃない! とりあえずここから離れよう。こんなとこ寝てたら踏まれちゃうよ」 「……うん」  涙目になっている涼太をコートの外へと引きずる。  試合は今ボクのチームが点を入れて、30−30の同点になったところだ。 「おい由香里(ゆかり)! 早く戻ってこいよ!」  チームメイトがボクに声をかけてくる。 「だめだよ、涼太怪我してるんだから! ボクが戻るのは涼太の鼻血が収まってからっ」 「……いいよ、由香里。戻っちゃって」  涼太はポケットから携帯用のティッシュを取り出し、鼻へ詰めていた。 「僕……平気だから。由香里も早く試合に戻りたいでしょ?」  紙を赤く濡らしながら、涼太は弱々しく呟く。  ボクはそんな涼太のことを――。 「痛っ!!」  思い切りつねってやった。 「バカなこと言わないの! ボクは怪我してる涼太を放っといてまで試合に出たいわけじゃないんだからっ!!」 「そ、そう……?」 「そうなの!!」  溜め息をつき、涼太の隣に体育座りになる。 「涼太ってほんと、世話が焼けるよねー」 「……そう、かな」 「そうだよっ」  ボクと涼太。お互いのチームから1人ずつ抜けた、4対4の試合。  ただ、人数は同じでもボクと涼太の戦力は全然違う。  案の定スコアボードを見てみると、32−36でボク達が負けていた。 「まぁでもしょうがないよ。だって涼太だもん」 「……なんか由香里にバカにされてる気がする」 「気のせい、気のせいっ」  ボクは後頭部へ手を伸ばし、結んでいたリボンを解く。  肩までかかる髪をポニーテール状にもう一度束ね、気合を入れる意味を込めて、少しキツめにリボンを結び直す。 「涼太、鼻血収まった?」 「んと……うん、もう大丈夫っぽい」 「よしそんじゃ一緒に戻ろっ。取られた点取り返さなきゃいけないんだから!」 「わわっ、ちょっと由香里! 急に引っ張らないでよっ」  ――それが、ついこの間までの記憶。  幾度となく繰り返してきた、学校が終わってからの楽しいひと時。  ボク1人だけ女子、後は全員男子。  そんな集団の中、ボク達は毎日泥だらけになるまで遊びまくった。  小学校に入学してから4年とちょっと。  クラス替えをしても、消えることのなかった日課。  だけどその満ち足りた日々は、突然終わりを迎えた。 「な、なんで? どうして急にそんなこと言うの!?」 「……別に急じゃねーよ。前から思ってたことだ」 「うそ……」  学校が終わり、いつものように校庭に集まったボクに。  太郎は冷たく言い放った。  ――由香里とはもう遊ばない、と。 「だってお前女だろ? 他みんな男だぜ。いーかげん女が混ざってるのも限界だぞ」 「ボクが女かどーかなんて関係ないじゃん!! そりゃボクは女だけどっ、バスケもサッカーも野球も、そんじょそこらの男子よりよっぽどできるもんっ!!」 「じゃあその胸なんとかしろよ」 「えっ……?」  太郎に言われて自分の体を見下ろす。  そこには確かに、最近になって膨らみ始めた2つの胸がある。 「べ、別にボクだって好きでおっぱい大きくなったわけじゃないよ!!」 「好きだろうがどーだろうが、お前が女なのは事実。つーわけで、もうお前は入れない」 「そ……そんなっ」  ボクは他の男子へ視線を移す。  誰かボクに味方してくれる子はいないの……?  そんな、すがるような眼差しで。 「ねぇ……みんなも同じ気持ちなの? ボクがいると、嫌なの……?」  昨日まで一緒に笑い合って、仲良く遊んでいた仲間達。  だけどみんな、ボクが目を合わせようとすると視線を逸らす。  太郎はこの中のメンバーではリーダー格。  リーダーの決定に余計なこと言わないようにしてるのかもしれない。 「涼太は!? 涼太もボクが一緒に遊ぶの反対?」 「べ、別に僕は……」 「おい、涼太!!」  ボクに加勢してくれそうになった涼太。  でも太郎が睨みを利かせると萎縮してしまい。 「ごめん、由香里……」  目を伏せて、謝った。 「……それが、みんなの答えなんだ。分かったよ、ボクもう遊ばないから!!」  目元に込み上げてくる熱いものを拭いながら、ボクはその場から走り去った。  小学5年生。既に誕生日を迎えて11歳になっていたボクは。  この日初めて、“裏切り”の味を知った。  それからボクは1人ぼっちになった。  放課後にもう遊ばないと言っていた太郎達は、学校にいる間もボクと話すのをやめた。  ボクは1年の時からいつも男子に交じって遊んでいたから、女子の友達が全然いない。  5年生にもなって、いざ女子の輪の中に入ろうとしても無理。  うちのクラスだけかもしれないけど、女子はグループというか派閥というか、そういうのをすごく重視していて。  今まで女子とろくに話もしていなかったボクが入る隙間なんか、どこにもない。  まぁボクも大概の女子が話してる、オシャレとか恋話とか女向けのゲームには全然興味がないからいいんだけどさ。  でも……1人はやっぱ寂しい。 「あの……由香里」  休み時間の教室。  机に突っ伏して時間を潰していたボクに、男の子が話しかけてきた。 「……涼太」 「由香里、今暇でしょ? よ、よかったらさっ、一緒に外で遊ばない?」 「……暇なら太郎達と遊んできなよ」  ボクは不機嫌丸出しで涼太に言う。  かつての遊び仲間は、わずかな休み時間にも校庭に出て遊び回っている。  数日前までボクもあの輪の中にいた。 「でも由香里、僕は」 「放っといてよ!!」  食い下がる涼太を一喝する。 「どうせボクは“女”なんだから!! 涼太も女なんかと一緒に遊ぶのは嫌なんでしょ!? だったらボクのことなんて放っといて、外行けばいいじゃない!!」 「別に……僕は、由香里と遊ぶのが嫌だなんて」 「もういいから!! 出てってよ!! ボク、涼太の言うことなんて聞きたくない!!」 「……ごめん」  涼太はそう呟くと、ボクの机から離れていった。  直後、周囲のざわめきが聞こえる。  ボクを批難する声。涼太を庇う声。  ボクはもう何も聞きたくなくて。  耳を塞いで、また机に突っ伏した。 「……ただいま」  居心地が悪くなった学校が終わり、帰宅する。  ここ数日、学校でケンカ口調でしか会話していない。  こんなの……やだよ。 「お帰り、由香里」 「おねーちゃんおかえりなさーいっ!!」  ただいまの挨拶に応えたのは母さんと妹の郁(いく)。  母さんの声はリビングの方から。  郁はドタドタと玄関まで駆け寄ってくる。 「おねーちゃん、おねーちゃん、みて! みて!!」 「ちょっと郁! 服引っ張らないでよっ」  郁は今年小学校に上がったばかり。  思春期に入る前の、無条件に笑顔を振りまく時期。  年の離れた妹がボクにくっつき回って、「おねーちゃん」と連呼する姿は可愛げがあるんだけど。  ――最近のボクには、鬱陶しく思える。 「きょうねっ、おかーさんにシールかってもらったの!」 「シール?」 「うん、これっ!!」  そう言って、郁は右手をボクの前に突き出す。  郁の手の平には、一枚のシールが乗っかっていた。  そこにプリントされていたのは、デフォルメされたハムスターの絵柄。  本物のハムスターと比べて、ちょっと太っていて、やたらとつぶらな瞳をしているのが特徴的。 「これね、すごいレアなシールなんだよ! かわいーでしょ!?」  郁は小物を集めるのが大好きだ。  ビー玉とか瓶の王冠とかカードとか。  最近はシールに凝っているらしく、新しいシールを手に入れてはボクに見せびらかしにくる。  今の郁はハムスターのシールを手に入れられて相当嬉しいんだろう。  普段より大きな声で、ボクに自慢のコレクションを説明する。 「これねっ、このはじっこのとこがすっごくめずらしいんだよ! ほら、ふつうのシールはねっ」 「……うるさい」  少し年の離れた妹。  いつもなら郁がはしゃいでる姿を可愛く思うのに。  けど今は。  男子と遊ばなくなってからの、沈んだ気分のボクには。  陽気な妹の声が……不快だ。 「……あ、あのねっ、おねーちゃん、これねっ」  ボクの出した低い声を怪訝に思ったのか、郁は一瞬黙り込んだ。  けれどすぐに気を取り直して、ハムスターのシールについて説明しようとする。  ――それが、ボクの臨界点。 「うるさいって言ってるでしょ!?」  家中に響き渡る怒声。  騒ぎを聞きつけた母さんが、駆け足でやってくる。  不機嫌そうに郁を見下ろすボクと。  怯えた表情でボクを見上げる郁。  母さんの状況判断は一瞬だった。 「由香里! なんで郁を怒鳴りつけてるの!?」 「……郁がうるさいから」  母さんはボクより郁のことを可愛がる。  郁はまだ幼いし、可愛いし、なにより自分のことを「ボク」なんて呼ばない。  母さんが、ボクの味方なんてするはずない。 「『うるさいから』じゃないわよ! 何があったか知らないけど、郁に八つ当たりするなんて最低よ!?」 「なにさっ、母さんだって機嫌の悪い日は父さんに八つ当たりしてるじゃない!!」 「それとこれとは話が別でしょ!?」 「……け、けんかしちゃだめだよ。おねーちゃんも、おかーさんも」  頭に血が上る。  何もかもが、憎らしく思えてくる。 「大体あんたはいつも私の言うこと聞かないでしょ!? 郁はこんなにもいい子だっていうのに!」 「ボクはボクだよ!! 郁のことは関係ないよ!」 「由香里、あんたまだ『ボク』だなんて言ってるの? いい加減直しなさいって何度も言ってるでしょう!?」 「――やめてってばぁ!!!」  一際大きな声が聞こえた。  ボクや母さんの怒鳴り声よりもずっと大きい。  悲鳴に近い叫び声。 「おねーちゃんはわるくないのっ! わたしがわるいのっ!! だからおかーさん、おねーちゃんのことおこらないでっ!!」 「で、でも郁……」 「おこっちゃだめっ! おこっちゃだめなのっ!! ふたりとも……けんかしちゃ……だめ、だよ……っく……ぅうぅぅ……」  母さんの膝に抱きついて泣きじゃくる郁。  そんな妹の姿を見ていると、なんだか居心地が悪くなってくる。  だって郁に切れたのはボクなのに。  なんで郁がボクのことを庇うのさ。 「……ボク、部屋戻るよ」 「ちょっと由香里!?」 「だめ……! けんかしちゃ、だめっ……!!」  ボクは舌打ちしながら、自分の部屋へ戻った。  ……だんだん、自分が嫌な人間になってる気がする。  涼太に対しても郁に対してもそう。  あんな風に人に当たることなんて、今までなかった。 「……バカっ」  真っ暗にした部屋の中。  ボクはベッドの上でうずくまる。 「涼太……怒ったよね」  ――ボク、涼太の言うことなんて聞きたくない!!  昼間、涼太に言ったことを思い出す。  涼太とは物心付いた時からの腐れ縁。  なんでもボクの母さんは、ボクや涼太が生まれる前から、涼太の母さんとご近所付き合いをしていたらしい。  なので、気が付いた時にはボクは涼太の家で遊ぶようになっていた。  涼太はすごくおとなしい子。  ボクみたいに外で走り回るのが好きな野生児じゃなくて、家の中で本読んだりゲームしたりするのが好きなタイプ。  そんな涼太が外で遊ぶようになったのは、ボクが無理やり涼太を引っ張り出したからなんだけど。  涼太はボクにとっては弟みたいなもの。  いつもボクの後ろに付いてきて。  頼りないけど放っておけない、そんな存在。  だから今日は素直に涼太の言葉を受け入れられなかった。  “あの”涼太に心配されたということを、認めたくなかった。 「でも……あんなこと言わなくたっていいじゃない……ボクのバカ……」  涼太や郁を拒絶して、八つ当たりして。  そんな自分が、すごく情けなく思えてくる。  体は勝手に大人になっていくくせに。  心が全然付いていかないよ……!! 「……あれ? ボク、寝ちゃってた?」  相変わらず暗い部屋の中。  いつの間にかボクはうつ伏せに寝っ転がっていた。  部屋の蛍光灯を点け、時刻を確認する。  いつもなら夕食を食べてるような時間だ。 「ご飯……どうしよっかな」  母さんとのケンカを思い出す。  母さんもそうだけど、ボクも割と言いたい放題言っちゃったから、ちょっと顔を合わせずらい。  ――と、一通の封筒が床に落ちているのに気付いた。 「手紙?」  ボクが寝る前には落ちていなかった白い封筒。  あて先の欄には大きく、へたっぴな字でこう書かれていた。  “おねぇちゃんえ” 「……郁」  何が書いてあるんだろう?  ボクを責めるような内容だろうか。  それともさっきのケンカの仲裁の腹いせに、不幸の手紙でも送りつけたのか。  否定的な憶測をしながら、封を解く。  だいすきな、おねぇちゃんえ  さっきはごめんなさい。  しーるあげるからげんきだしてっ☆  いくより  封筒の中には手紙の他に、一枚のシールが入っていた。 「……これって」  ボクが帰ってきた時。  郁がすごく嬉しそうに自慢していたハムスターのシール。  すごいレアだって。  かわいーって。  あんなに、はしゃいでいた。 「……ばかっ」  手紙に水滴がしたたり落ちる。  ポタポタと。止まることなく。 「字、違うじゃない……おねぇちゃん“え”って何よ、“え”って。大切なシールまでボクに渡しちゃって……ボク、シールなんてもらったってしょうがないよ……」  どんなに憎まれ口を叩いても。  自分の気持ちを偽ることはできなくて。 「こんな、ひどい姉のことなんか……“だいすき”なんて、言わなくていいのに……」  いつもボクに微笑みかけてくれる可愛い妹。  見慣れた笑顔が頭を過ぎり。  ボクの胸の中に、何かあたたかいものが宿ったような気がした。  翌日の放課後。  ボクは涼太に声をかけられた。 「あのね、太郎が由香里に言いたいことがあるんだって」 「……ボクには何も言うことないよ」  女という理由で、ボクを遊び仲間から追い出した張本人。  正直なとこ、ボクは太郎に腹を立てていた。 「まーまー、太郎の言うことを聞いてあげてよ。ほら、いこ」 「わあぁっ! 涼太っ!! いきなり手、引っ張らないでよぉ!!」  涼太はボクの訴えを無視して、どんどん歩いていく。  教室の戸を開け、廊下に出て、階段を下りる。 「……もぅ」  いつもはボクが涼太の手を引っ張る側だった。  それが今は、涼太がボクの手を引っ張っている。  そのことに抵抗がないと言えば嘘になるけれど。  昨日と違って、ボク自身、それがどこか居心地いいと感じていた。  涼太が連れて来たのは校舎の裏側にある花壇。  そこに太郎はいた。 「……ボクに言いたいことがあるって聞いたけど」  相変わらずデブっちい姿をしている太郎。  ボクは苛立った口調で話す。 「ああ……えと、その……」  太郎は気まずそうに口ごもる。  頬を指で掻いて、視線をさまよわせて。  やがて意を決したのか、ボクの姿を真正面に捉えて。 「すまなかった!!」  裏返った声を出しながら、頭を下げた。 「……え? あぅ?」  状況が飲み込めず、変な声を出してしまう。  そんなボクに追い討ちをかけるように、太郎はさらに一言。 「すまなかったーー!!!」 「……ね、ねぇ涼太。太郎、どーしちゃったの?」 「えーと、ね……」  なんかヤバイものを見ちゃった感が押し寄せてくる。  涼太も同感なのか、2人して冷や汗をかきながら苦笑い。 「よーするに、太郎って照れてたってわけ」 「て、照れてたぁー!?」 「女がどうとか胸がどうとか言ってたでしょ? やりにくかったんじゃない? 目のやり場に困ってたとか」 「…………んなバカな」  涼太の話を唖然としながら聞く。  そりゃボクの性別は女だよ。でも自分で言うのもなんだけど、全然女らしくない。  色気とかそういうのからは全然無縁だと思っていたのに。 「すまんかったー!!!」  額に汗を浮かべながら謝ってる変な太郎。  いつもと違って、なんかカクカクした動きを見てると、緊張してるって言うのもなんだか頷ける話で。 「ま、女だからって理由で仲間外れにしようとした太郎も悪いけどさ。由香里も気をつけた方がいいと思うよ」 「んー……そっかー」  いつの間にか膨らみ始めた胸。  だんだんと女になっていく自分の体に目を背けるように。  ブラジャーも着けず、周りの男子と同じように振る舞っていたけど。  でも傍から見たら、やっぱりボクは女の体をしているわけで。  みんな……気にしていたのかなぁ。 「すまんかったー!!!」 「……ねぇ、太郎」  ボクは大声を出し続けてる太郎に声をかける。  途端、ビクッと大袈裟なくらいに反応し、恐る恐る顔を上げる太郎。  ……なんか、キモいけど可愛げがある。 「えと……ボクもごめんね。ちょっと、配慮が足りなかったかな」 「あ、い、いやっ、そのっ…………ゆ、由香里!!」 「ん?」  目を伏せ、どもりがちに喋るデブっちょ太郎。 「また……お、俺達と一緒に、あ、遊んで、くれ……ないか?」  太郎の申し出はボクにとってもありがたいもの。  でもここで無条件に受けるわけにはいかない。  同じことを繰り返さないためにも、きちんと確かめなくちゃ。 「一つ聞くけどさ」 「お、おうっ! な、なんだっ!?」 「太郎はもう、ボクのことを女だからって差別したりしない?」  目を細めて言い放つ。  ボクがあの時感じた気持ちを、視線に変えて太郎にぶつける。 「ボクね、太郎に『女だろ?』って言われた時、すっごく悔しかったんだよ? ボクはもうあんな思いしたくないから。だからもう、ボクのことを女って理由で差別しないって、約束できる?」  ボクの眼差しの強さに、一瞬怯んだ太郎。  けど遊び仲間のリーダー格である彼は。  すぐに、その役職に相応しい精悍な顔つきになる。 「ああ、それは絶対にしない。他の奴にも言っとく」 「……うん。それならいいよっ」  ボクは太郎に手を伸ばし、にっこりと微笑む。 「ほら、仲直りの握手っ」 「あ……ああっ」  太郎はまた照れ気味になり、自身の手をボクの手に合わせる。  ボクはその手を、がっちりと握る。 「ねー、太郎の手って、すごい汗かいてるよー」 「しょっ! しょーがねーだろっ!?」 「こらこら怒らない。ん、それじゃこれでボク達はもう仲直りしたよっ」  ボクは手を離して宣言する。 「涼太ー、他のみんなは校庭にいるの?」 「うん、たぶんいると思うよ。今頃はサッカーやってるんじゃないかな?」 「おっけー、それじゃ早く行こっか」  ボクは涼太の手を掴む。  今度はボクが涼太を引っ張る番。 「どーする? こっちの手空いてるけど、太郎も手つなぐ?」 「おおお、俺はいいよっ!!」  顔を赤くしながら、太郎は大きな声を出す。  ……へぇー、ボクのことを女って意識しただけでこんなに態度違うんだ。  なんか変な感じするけど……まぁ、こういう風に男子をからかえるのも女の特権だと思えば悪い気はしないかな。 「あのさ、涼太」 「なに?」  ボクは涼太の耳元に口を近付け、ヒソヒソ声で話す。 「涼太、太郎になんかした? いつもの太郎って、自分から謝るなんて絶対しないじゃん」 「……んー、まぁそういう時もあるんじゃない?」 「ふーん……」  何となく分かったこと。  太郎が急に態度を変えたのは、涼太のおかげ。  本人は否定してるけど、なんかそんな気がする。 「ボク思ったんだけど、涼太ってさー」  “急に頼れるようになったよね”。  そう言おうとしたけど、意に反してボクの口が勝手に閉じてしまう。 「由香里? 今なんか言おうとしなかった?」 「……なんでもなーいっ」  なんで涼太に言うのが恥ずかしくなったのか。  なんで涼太が急に格好よく思えるようになったのか。  よく分かんないし、まだ分かんなくていいや。  それよりも今は、早くみんなと一緒にサッカーがしたい。 「ほら涼太、走るよ」 「え? うわわっ、待ってよ! 由香里、速いってば!!」 「あはははっ♪ ボクまだ本気出してないよ? 涼太はもっと速く走れるようになんなきゃだめーっ」  少しずつ変わっていく、自分の体と気持ち。  それらに目を向け、少しずつ受け止めていく。  でもそれは急いでやらなきゃいけないことじゃない。  だってまだ、ボクは開花の途中なんだから。 【FIN】